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恋の前提条件 01



 物事を語る時にはいくつの前提条件ってものが存在する。
 例えば「昔々あるところで」何てやつだな。「今で無い時ここで無い場所」っていうのもありだ。こういう前置きが絶対になきゃいけないってわけでもないが、有った方が分かりやすいのは確かだ。そしてそれはフィクションに限らず、ノンフィクション、現実に起こったことに対しても同じことが言える。歴史小説の最初に時代背景の説明が載っているようなものだと思えば分かりやすいかもしれない。
 さて、今俺が直面している状態にはどんな前置きを書くべきなんだろうか。
 俺がごくごく一般人だってのに妙な事態に巻き込まれてばかりいること、今俺の目の前にいる女が一見美少女実は限定的超能力者ってこと、ついでに言うと俺達以外にも色々と背景を持つ連中が居ること――何だか段々面倒になってきたが、俺の周りにはSF的要素を含む肩書きを持つ連中が居たり、実際にそういう事象に巻き込まれているって風に解釈してもらえればそれで良い。
 その手のSF要素が果たしてこの状況下においてどれだけの意味を持つのやら、という疑問も有ったが、俺はそういうことを全部振り切って生きていける立場では無いのだろう。目を瞑ってやり過ごすことは珍しく無いし、与えられるその全てに従うつもりも無いが、その全てを否定して生きれるほど子供でも無いし、器用でも無い。

「好きだ」

 各種前提条件の件を大いに振り切るようで申し訳ないが、部室に二人きりという状況下で俺が発したのは、その手の要素とは全くもって無縁の単語だった。ぽかんと、目の前にいた古泉が目を丸くしている。絵に描いたような美少女である古泉は、そんな表情をしていてもそれなりに綺麗と言うか、可愛い。
「……オセロがお好きなんですか?」
 古泉がオセロの板の端っこを指先で突いた。
「俺がお前を好きだって言ったんだよ」
 何で一々説明せにゃならんのだ。この部屋には今俺とお前しか居ないんだ。速攻理解してくれても良さそうな状況なのに、どうしてわざわざ脇道に逸れようとするんだよ。
「……」
 古泉は大きな眼を見開いたまま、その場で完全に静止していた。何だよ。そんなに意外だったのかよ。
「…………意外、です」
 口から出てくる言葉に何時ものような滑らかさが全く無い。こんな状態になった古泉は初めて見たかも知れない。なかなか希少な体験をしている気がするが、それをありがたがっている場合でも無いな。本来の目的はそこじゃないんだ。
「だって、あなたが……」
「意外なんじゃなくて、そうじゃない、有り得ないって思いこもうとしていただけだろ」
 はっきりと言ったのはこれが初めてだが、俺はこれでも色々とアピールしてきたんだぜ。大したことをしてきたわけじゃないけどさ。
「あっ……」
 古泉が手にしていたオセロの駒が、カランッという乾いた音を立てて机に落ちた。なんだよ、自覚が有るわけじゃなかったのかよ。
 どういうわけか知らないが、古泉は一見俺と仲良くしようとしている癖に、どこか一歩引いたようなところが有る。それが立場的な物なのか性格的な物なのかは分からないが、何かしらの引っかかりが有ることは確かなんだろう。
「返事は今じゃなくて良い」
 言いたかっただけだ、なんて言うつもりはないが、返事が早急に欲しいわけでも無い。良い返事が貰えると思っているわけじゃないが、見込みが全く無いと思っているわけでも無いんだ。古泉の心の天秤がどちらに向くかなんて、俺に分かるわけがない。
「ま、待ってください」
 カバンを持って立ちあがったところで、古泉が俺を呼びとめた。振り返ると、どこか寂しげな表情をした古泉と目が合った。これは――ダメってことだろうか。
「あの、わたし……その……」
 出来ればはっきりと言ってくれないか。死刑宣告を待つようなこの時間は中々辛いものが有る。好き、という単純な感情に根差すものの深刻さの全てを知っているわけじゃないが、俺はこれからどのくらいの間絶望感を味わえば良いのだろう。ここから早く立ち去ってしまいたい。
「ごめんなさい……わたし、他に好きな人がいるんです」
 返事と共に帰って来たのは、予想外な一言だった。



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