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正しい彼女の作り方(仮) 第五章



 資料室の床に腰かけたまま、時間だけが過ぎていく。何時の間にか窓の外では雨が降り出したようだ。天気予報は外れるかと思ったんだが、どうやら当たってしまったらしい。
時計も携帯も持って無かったので正確な時間さえ分からなかったが、多分もう下校時間を過ぎた後だろう。生徒会長という立場上下校時刻ギリギリまで学校に留まることは何度かあったが、こんな風に何時帰れるかも分からない状況なんてこれが始めてだ。このまま朽ち果てるまで閉じ込められるなんてことは無いだろうが、最悪発見が明日の朝以降になる可能性もある。
 時間が経つ間に喉も乾いてきたし、腹も減ってきた。何でこんなことになって居るんだ……原因は隣に居る女で間違いないだろうが、具体的なことは何一つ分かってない。約束とか隠し事とか言っていたが、その詳細はなんだ。自分で整理しろと言ったためそれ以上追及するわけにもいかず、俺はただその場で座り続けることしか出来なかった。怒りは収まらないが、余計なことをして体力を使うほどのバカになったつもりも無い。
「あの……」
 喜緑江美里が口を開いたのは、時間の感覚さえも曖昧になってきた頃だった。外からの雨音が響く中、聞き逃してしまいそうなほどの小さな声だ。近づく気にはなれず声を大きくしろと言う気にもなれなかったので、俺はじっと耳を澄ました。
「わたし……普通の女の子に、なりたかったんです」
 静寂の中に、微かな声が響き渡る。
「……はあ?」
 訊き返せばその時点で言葉を塞いでしまうかも知れないから、黙っているつもりだった。だから、ただ聞いているつもりだった。こいつから言葉を引き出すためにはそういうやり方の方が有効だと判断した上で、そうしようと思っていたんだが……そんな俺の思惑はあっさりと崩されてしまった。訊き返さずにいられるようなことじゃないだろう。なんだ、その、普通の女の子って。
「インターフェースは、情報統合思念体と接続することで成り立つ存在です。記憶や記録の消去、改竄、人間を超える身体能力……それらは全て、情報統合思念体という存在が有ってこそ使えるものです。ですが、能力を使用する場合毎に許可や認可が必要では煩雑になりますし、それでは情報統合思念体との接続が不可能な場合には何も出来ないことになってしまいます。そのため、インターフェースは情報統合思念体と接続出来ない状態であっても各個体ごとに行動できるようそれぞれ別々の意思を持っていますし、個体だけでもある程度の能力が使えるようになっています」
 ……初耳ではあったが、まあ理屈としては理解出来る。情報統合思念体と接続が出来ない状態とはなんだ? という気もしたが、宇宙人にも色々事情があるんだろう。俺が知らないおかしな連中がその接続とやらを妨害しにくるようなことがあるのかも知れない。やれやれ、こんな説明であっさり納得できるようになってしまったとは、俺も随分毒されてきたな。で、普通の女の子云々ってのがそれとどう関係あるんだ。繋がりが見えてこないぞ。
「……ですが、接続が不可能な状態で何時までも行動が続けられるようでは別の問題が発生する可能性があります。そうですね、インターフェースが情報統合思念体の目が届かないような場所で暴走してしまった場合を想定していただければ、想像がつくのではないかと思います」
 相変わらず顔は俯き気味だが、すらすらと話す口調には想像していたほどの淀みは無かった。人に聞かせるにしては若干配慮が足りないような気がするが、足りない分を補えないほどじゃない。
 半永久的に自律行動可能なロボットが作り手に逆らって反乱を起こしたSF作品なんて腐るほど存在する。そういうことが起きないように勝手に動こうとしても途中で止まるように出来てるってことか。なるほど、理屈としては別に間違っちゃいないな。さっきの接続出来ない場合云々ってのを含めても、至極真っ当な判断だと言える。
 宇宙人の思考形態には謎が多いが、行動様式そのものに対する認識は人間と大差ないってことか。
「ですから……生命活動を中心とした一部の能力を除いた能力の使用のためには、一定期間毎の更新が必要になっているんです」
 喜緑江美里はふっと顔をあげると、その顔を微かに歪ませた。暗がりの中で、儚い印象が浮かび上がる。
「……お前は、それをしなかったんだな」
「はい……拒否、しちゃいました」
 今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔を見ていられなくて、俺はそっと目を逸らした。喜緑江美里は、個体毎に別々の意思があると言った。元々結構人間くさい奴だと思っていたし、全くの異質な存在だと思っていたわけじゃないが……その、個体毎の意思ってのは、こんな表情まで作り出せるのかよ。
「長門さんがわたしの更新作業を請け負っているんです。……一応、更新した振りをしたんですけど、どうやら見抜かれてしまったようです。長門さん、勘は鋭いんです。だから、約束を破ったって言われちゃったんです……。機能持続のための制約であると同時に、個人的な約束のようなものでもありましたから」
 約束、という言葉の響きが耳に残る。
 一見有り触れた一つの単語にどれだけの意味が込められているか知らないが、その約束とやらを破ってまで拒否したのか。なんで、と訊ねるほど野暮になったつもりは無いが、なんだこの、妙に落ち着かない感じは。
「……どうせ、そのうちばれるようなものだったんだろう」
「ええ、そうですね……隠し通せるようなものでも無いですし」
「それでも拒否したのか」
「はい……、ちょっとでも、普通の女の子みたいにすごしたかったんです。普段はあまり力を使わないようにしていますけど、普通の人間と全く同じ感覚で生きているというわけではありませんから……無意識に用いている物を含めた力の全てが無かったら、どう違うのか……わたし、そんな状態に興味が有ったのかも知れませんね」
 儚い微笑に、ほんの僅かな違和感があった。
「……嘘だな」
「えっ…」
「お前みたいな奴が、興味程度でそんな無茶なことを勝手に決めるとは思えん。大体、試してみたいだけなら相手の許可を取った上ですれば良いはずだ。勝手に決めたってことは、それ以外の……それ以上の理由があるってことだろう?」
 知りたいだけならもっと穏便な方法が幾らでもあったはずだ。こいつの親玉や長門有希が許可するかどうかは分からないが、単なる好奇心レベルのことなら、自分で勝手に判断する前にとりあえず訊くだけ訊いてみれば良い。根っからの天の邪鬼ならいざ知らず、体制や上に逆らって生きることに意味を見出すタイプというわけでも無いだろう。
 そういう過程をすっ飛ばして勝手に拒否したってことは、それ以上の、話したくないほどの理由か、考えることすらできなくなるほどの理由が有ったはずだ。
 俺が嘘だと指摘したからだろうか、喜緑江美里は完全に黙ってしまった。視線をもう一度そちらに向けて見たが、唇を震わせたまま下を見ているだけだ。暗がりの中だが、笑って無いことだけは確かだ。
「わたし、は……」
 声が震えている。
 決意を秘めたような嘘とは違う何かが、唇から滑り降りていく。
「わたし……は、あなたの前で、普通の人間で……普通の人間のように、振る舞いたかったんです。だから、本当は、あんな……あんな自分は、見せたくなかったんです……」
 泣きださないのが不思議なほど乱れ切った声が、つい先日起こったことを思い出させる。こいつは最初っから異邦人だった。人間じゃなかった。大体、登場の仕方からして無茶苦茶だった。周りの記憶も記録も入れ替えた上に現われて、にっこりと微笑んで……それでも、俺に見せたくないものがあったってことか。
「だって、わたし、わたし……」
「お前が俺に隠していることに関係しているのか?」
「……っ」
 無言のまま、息を呑む音だけを鳴らしながら喜緑江美里が首を縦に振った。暗い部屋の中で、嗚咽だけが響き渡る。顔をぐしゃぐしゃにしながら、こいつは一体何を考えているのだろう。気持ちを整理しているのか、考えをまとめているのか、あるいは、言葉を探しているのか。何れにせよ、俺にはただ待つことしか出来ないんだ。俺の手の中に切れるカードはもう残っていない。
 抱き締めて慰めてやるような間柄でも無いし、かといってここまで追い詰められている奴を詰る気にもなれない。じりじりとした時間経過が肩に重く圧し掛かってくる。閉じ込められた直後よりも数段層を増した沈黙が、この空間を包んでいた。
 それを打破するのは俺じゃない、こいつの役目だ。
 暫くの間、俺は喜緑江美里の発言を待っていた。……何時までも黙ったままってことは無いだろう。

「わたし……生徒会室で出会う以前に、あなたに会ったことがあるんです」

 ――衝撃的なはずの一言は、すとんと、俺の心に落ちてきた。驚くよりも先に納得してしまったのは、相手が相手だからか? 俺もこの状況に慣らされつつあるんだろうか。
「あなたと会って、話をして、数日間一緒に行動して……でも、わたしはその記憶を消しました。消さなきゃいけなかったんです……」
 記憶に無いことを口にされても、俺には何も分からない。ざっとここ一、二年ばかりの記憶を辿ってみる限り、削除された形跡なんて見あたりもしないが、その辺の辻褄は適当に合わせられているんだろう。
「……どうしてだ?」
 だから、俺が言えるのはその一言だけだ。
 記憶を消した理由くらい教えてくれても良いんじゃないか。俺のことを置き去りにしたまま事情だけを喋って楽になりたいと思っているわけでも無いだろう。ここまで喋ったんだ。全部喋っちまえばいい。
「わたし……あなたの前で、力を使ってしまったんです。まだ何も知らないあなたの前で……事故、なんです。交通事故。わたしが防いだから、未遂、ですけど……」
 ――ようやく話が繋がった。俺が忘れた記憶とやらがどんなものだったか知らないが、これで分かった。喜緑江美里が俺を選んだのは、その記憶が有ったからだ。力を振るうことをためらっていたのも、この間の事故の後俺のことを避けていたのも、更新を拒んだのも……全部、それが理由だったのか。
「ごめんなさい……わたし、もう一つ嘘を吐いてました。好きになるために、なんて、嘘です。わたし……もっとずっと前から、あなたのことが好きだったんです。本当は、二度と現れるつもりなんて無かったんです。でも、諦めきれなくて……もう一度、偶然じゃない出会いがあるなら、今度こそ、ちゃんと恋をしようって……ごめんなさい、こんなの、迷惑ですよね。あなたは、何も覚えて無いのに……」
 そうだな、俺は何も覚えてない。俺がこいつにかかわった記憶とやらは綺麗さっぱり消されてしまっている。だから俺は何も知らない。その時の俺が何を言ったかなんて想像もつかないし、何を言われたかってことに関する心当たりも無い。その時の俺はこいつを好きだったのかも知れないし、今と同じように迷惑だと思っていたのかも知れない。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
 謝るだけなら誰にだって出来る。
 謝って、泣いて、また謝って……どこまで繰り返せばこいつは満足するんだろうか。俺は、こんな風に謝られ続けても何一つ満たされない。疑問は解決したが、それだけだ。
「ごめん、なさい……、これは、返しますから」
 少しだけ冷静さを取り戻した喜緑江美里が、首の後ろに手を回した。きらりと光る、ペンダントのチェーン。金具が外され、白い掌の中にペンダントが収まる。
「……それはお前が持ってろ」
「で、でも……」
「渡した物を返されるってのは気分が悪いんだよ」
「あっ……」
「良いから、お前が持ってろ」
 そんな女物のペンダント、戻ってきたところでなんの使い道も無い。
「……はい」
 喜緑江美里はこくりと頷くと、もう一度ペンダントをつけ直した。心なしかほんの少しだけ回復しているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
 全く……地球人だろうと宇宙人だろうと、女ってのは手のかかる生き物だな。小さなことで泣いたり笑ったりした挙句、勝手に動きまくって周りに迷惑をかける。やれやれ、なんでこんな面倒な奴に振り回されないといけないんだ。
「記憶を消したって言ったな」
「……はい」
「必要なことだったんだろう?」
「はい……衝撃的な部分だけを消しても、その他の記憶から導きだされる可能性があるため、わたしに関わる記憶の全てを消去しました……記憶というのは、独立して存在出来るものではありませんから」
 喜緑江美里は相変わらず俯きがちだ。多少元気になって来たようだが、その件についてあまり喋りたくないのだろう。……まあ、そうなるのが当然か。
「お前が居なきゃ、俺は事故にあってたってことか……ってことは、お前は一応俺の命の恩人ってことになるんじゃないのか?」
「でも、わたしが居なければあなたが事故に遭遇することも有りませんでした! わたし、わたし、あなたに二度も……」
「……落ち着け。別にお前が悪いことをしたわけじゃないだろ」
 バカみたいな身体能力を見せつけられた。記憶を消したことがあると言われた。そうだ、どっちも普通のことじゃない。非日常的事象の象徴みたいなもんだ。普通の人間の感覚で考えれば、気味が悪いとか気色悪いとか感じるようなところだろう。だが、それらをどう感じるかは俺の自由なんだ。名状しがたい嫌悪感はゼロじゃないが、吐き気が上って来るような衝動があるわけでも無いし、顔も見たくないと思うほどの恐怖を感じているわけでも無かった。
 ぎゃあぎゃあと泣き喚いて主張する喜緑江美里の姿は、どう見ても普通の女でしかなかった。力とやらが使えないせいなのかも知れないが、好きだ好きだと主張しながらもどこか抑制されがちにも見えた普段の姿とは少し印象異なる。こいつなりに気を使っていたのか、それとも何か制限がかかっていたのか……まあ、どっちでも良いか。
「でも、でも、わたし……」
「俺はお前を責める気は無いんだ。一人で勝手に沈み込むな。そっちの方が迷惑だ」
「あっ……す、すみません、わたし……」
「謝るな」
「……す、すみま……ああ、わたしったら! うぅ……」
 アホだろ、こいつ。
 ったく、どんだけ泣いたら気が済むんだよ。俺はあんまり言葉を重ねたくないんだが。
「あの……良いんですか、わたし……」
「良いも悪いも無いだろ。お前はお前がやらなきゃいけないことをした。それだけじゃないのか?」
「それ、は……」
「今更お前が俺に昔のことを話したところで、別にお前の立場が変わるわけじゃ無いんだろう? 明日からもこのままなら、変に引きずらない方がお互いのためだ。……そういうもんだろ」
 どうせ俺もこいつも、どこかの誰かの手駒その一なんだ。俺は自分の手のうちに入る物を考えた上で選んだわけだが、こいつの場合はそうじゃない。与えられたことに従っているだけだ。偶然とか運命とか、そんな言葉さえ通用しない。道具して生み出された存在。どうしてそこに恋心を抱くような人格を入れる必要性があった? どうしてこいつは俺を好きになった? どうしてこいつは泣いているんだ? こいつが自分で選べることってなんだ?
「……」
「別にお前のことは嫌いじゃねえよ」
「えっ……」
 ったく、その一言だけで顔をあげるのかよ。
「有能な書記だと思ってるし、邪魔だと思っているわけでも無い」
 迷惑だと思ったことは有るが……それは言わない方が良いだろう。話をややこしくしない方が良い。くそ、なんで俺はこんなことを喋る羽目になっているんだ。
「それは、その……」
「言葉通り解釈しとけ、反論と質問は受け付けねえぞ」
「は、はいっ!」
 どうも言いすぎた気がしないでも無い。なんでこの女はこの状況で笑えるんだ。いくらなんでも前向き過ぎないか。後ろ向き一直線よりはマシだが、極端過ぎるのもどうかと思う。こいつの親玉がどこまで人間を分かっているか知らないが、感情の振り幅はほどほどにしておいてほしいもんだ。
「おい……そこに居るんだろう、開けろ」
 ――話すべきことが全て終わったわけじゃないが、そろそろ良いだろう。いい加減この場所に居るのも嫌になってきた。辛気臭い場所じゃ気分も上昇しない。外は雨だが、それでもここよりはマシなんじゃないか。
 扉の方に向って声をかけると、隣に居た喜緑江美里が軽く肩を震わせた。状況が分かって無いのかも知れない。ある程度考えれば想像が付きそうなことなのに、なんでこんな簡単なことに気がつかないんだか。
 暫しの静寂の後、扉が向こう側から開き始めた。鍵を開ける音すらしなかったが、この際そんなのはどうでもいい。どうせ向こうにはインチキ仕様の宇宙人が居やがる。
「よく、僕等が居ると分かりましたね」
 先に現れたのは宇宙人娘の方だったが、喋ったのは隣に立つ優男の方だった。にこやかに笑っているが、腹の底では何を考えているか分かりゃしない。インチキの中には盗聴も含まれていると考えた方が良さそうだ。
「そこの女が俺達の居場所を見つけられないって方がおかしいだろ」
 情報操作能力とやらを使えない喜緑江美里はともかく、長門有希は違う。こいつにとっては、俺達を探し出すのも扉を開けるのもシャーペンの後ろをノックして芯を出す程度のことなんじゃないか。すぐに来なかったのは俺達の反応を窺っていたからだろう。待つ、という判断を下したのは古泉の方だろうが、この際どっちが決めたことだろうと大差ない。こいつらがグルだって時点でそれ以上責任の所在とやらを追及する意味は無いんだ。
 けどお前ら、こんな時間までよく待ってたな。随分暇だったんじゃないか。
「ゲームをしながら時間を潰していましたからね。暇を持て余していたというほどでもありませんよ」
 古泉がチラリと長門有希の方を見る。長門有希の手の中におさまっているのは布製の二つの袋だった。どう見ても最新のポータブルゲーム機専用の袋だ。何のゲームをしてたか知らないが、古泉が大敗を喫していたことだけは確かだろう。
「酷いなあ、これでも一勝はしているんですよ」
 負け数については聞かないでおいてやるか。
 しかし、そうだろうとは思ってたが、本当にここで待っているとは……薄暗い部屋から出られた開放感があっという間に吹き飛んじまった。頭が痛いというより肩が重い。部屋の外で待ち伏せされていることに考えが及んでいなかった喜緑江美里もアホだが、ここでゲームをしながら待っていたこの二人も絶対アホだ。分かっていながらあれだけ喋った俺もアホの中の一人のような気がするが、出来れば自分だけは棚上げしたいもんだ。長門有希はともかく、古泉とはあまり正面から目を合わせたくない。
「……」
「あ、あの……」
 長門有希の透明な印象の瞳が喜緑江美里を捉え、喜緑江美里がその眼差しの先で縮こまっている。
「なあ、こいつがやったことってのは、そんなにヤバいことなのか?」
 俺が喜緑江美里を庇うような位置に立ったのは、話を滞りなく進行させるためってことにしておいてほしい。放っておいても長門有希は他人を硬化させるようなことしか言わないだろうし、喜緑江美里はますます話し辛くなるだけだ。宇宙人同士なら目と目でコンタクトくらい出来てもよさそうなものだが、能力が使えない状況じゃそれもままならないってことか。
「喜緑江美里の独断専行にどれだけの罰則が下されるかは、情報統合思念体の判断による」
「そうか」
「……けれど、殆ど実害が出ていない以上、さほど大きな罰則が加えられることは無いと考えられる」
 平易な口調で語られる言葉を耳にして、安堵というよりも当然だと思ってしまったのは、俺もこっち側の世界に毒されたからなんだろうな。恋をせよ、なんてアホな命令を下す奴が、この程度のことで重大な罰を与えるとも思えない。こいつらの親玉はこいつら以上にアホだ。間違いない。
「更新……しなければ、ダメですか?」
 背後に居た喜緑江美里が前へ進み出た。何かを恐れているようにも見えるが、それと同時に何かを諦めているようにも見える。
「必要なこと。……ただし、定期更新を行うかどうかも含めて、全ては情報統合思念体が決めること。……結果が下るまでに少々時間を有する模様。それまでは待機状態でいることが望ましい」
「……はい」
 変わらない表情を保ち続ける長門有希の前で、喜緑江美里が頭を下げた。



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