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スウィート・ドリーマー 第二章



 二日前の接触だけじゃ確信は持てなかったが、顔を見て分かった。こいつは朝倉涼子で間違いない。中身はともかく見た目は俺の知っている朝倉涼子そのものだ。本物の朝倉涼子とはもう一年以上会ってないが朝倉の外見には全く変化が感じられなかった。肉体的成長って面に関してはどうなっているんだろう。そういえば、この一年と少しの間に俺は少し背が伸びたし、同じく通常人類(という定義に一応当てはまると思う)であるところのハルヒや古泉も若干では有るが肉体的に成長しているようだが、長門に関しては何の変化も感じられない。多少表情らしきものが見えるようになった気はするがそれは内面の変化であって外見の変化じゃない。出会った時点から三年前、今から数えるともう四年以上前にあたる長門も全く同じ姿だったし、もしかしてインターフェースには肉体的成長って概念が無いのか? 人間に交じって暮らすことを前提とするならそれはちょっといかがなものか、という気がするんだが。いや、インターフェースが成長するか否かなんてのは重要な問題じゃ無いんだ。それよりも朝倉が俺の知っている朝倉で有るかどうかってことの方が大事だろう。
「お久しぶりね。と言っても一昨日会ったみたいだけど……、ごめんね、あの時のことはよく覚えてないの」
 滑らかな、人当たりの良さそうな口調は俺のよく知っている朝倉涼子のものだった。委員長って言った方が相応しそうだ。
「ああ……、いや、別に気にしなくて良いんだ」
 そんな些細なことを気にしているわけじゃない。朝倉がここに居る、という事実の大きさに比べたら、廊下でぶつかられたことくらいなんてことも無い。再登場のオプションにしてはインパクトが小さすぎるくらいだ。病院に、という状況設定の方がまだパンチが有りそうだよな。本当、なんでこいつは病院に居るんだろう。
「そう、それなら良いんだけど」
 ふわりと笑う朝倉涼子。なんて表現すると頭が痛くなってきそうなんだが、少なくとも快楽殺人者の微笑には見えない。別に元々そっちの系統だったってわけじゃないと思うが、得体の知れない存在として俺の記憶の底に刻まれていることは確かだ。
 朝倉はあくまで委員長然としているというか、普通の女の子のように装っているが、どこまでが演技か分かったものじゃない。足が震えるというほどじゃないものの、自然と緊張感が高まっていく。しかしそんな風にこの状況に対して言いようのない疑念を抱いているのはどうやら俺だけのようで、当の朝倉は笑顔のままだし、佐々木に至っては何の変化も無い。
「どうしたんだいキョン、久しぶりで緊張でもしているのかい?」
「あ、いや……、まあ、そうかもな」
 そういうことにしておこう。遠まわしな発言をして首を絞めるのはほどほどにしておきたい。痛い目なら過去に何度も見ている。佐々木が俺に向かって過去の発言を追及してくるところはあまり想像がつかないが、心配の種は少ない方が良い。
「じゃあ、朝倉さんも?」
 俺の返事を聞いて、なるほどね、と呟いた佐々木は、すっと朝倉の方に向き直り一つの質問を投げかけた。朝倉が目の前に居るという時点で俺の思考は完全に朝倉の方に集中していたため佐々木の行動に注意を払っている余裕などなかったのは確かだが、この発言は完全に想定外だった。朝倉が緊張している? そりゃあ、どんな冗談だよ。
「……あ、ううん、そうじゃないんだけど。ちょっと体調が良くないのかも」
 宇宙人の体調ってなんだ。こみあげそうになった言葉を寸前で飲み込んで朝倉の様子をうかがってみる。顔色は別に普通だと思う。病人らしく弱って見えるというわけでもない。どことなく居心地が悪そうというか、話し辛そうに見えなくもないが……はて、なんでそんな状態になっているんだ。こいつは朝倉涼子だぞ。俺の知っている朝倉の姿には委員長として振舞っていた時と宇宙人として振舞っていた時の二通りがあるわけだが、そのどちらの時も朝倉は自分の意見をハキハキと口にするような奴だった。こんな風に言葉を濁す朝倉なんてのは想定外も良いところだ。これはまさか俺を油断させるための新手の策略か何かか? いやまさかそんな。
 疑っていてはキリがない状況だというのに、疑念ばかりが積み上がっていく。おまけに完全にノーヒントで、頼りになりそうな味方すら居ない。ハッキリ言って状況はかなり混迷を極めていると言える。差し迫った危機が無いのが救いと言えば救いだが、俺の知らないところでタイムリミットへのカウントダウンがスタートしている可能性が無いとも言えない。
「大丈夫? 担当の先生を呼ぶ?」
「あ、ううん、良いの……ちょっと気分が悪いだけだから」
 ゆっくりと首を振った朝倉は、佐々木から視線を外し俺の方を見つめてきた。ぞくりと背中が震えたのは過去の経験上仕方の無いことだと思うが、朝倉の表情や視線自体はごくごく普通の少女が持っているものと相違無かった。射抜かれるような視線でも氷を思わせる微笑でもない。普通だ。ものすごく普通だ。朝倉の容姿についてあれこれ語る気は無いが、有り触れた、という表現が似合うような笑顔をマジマジと見ていると、張り詰めて行ったものが次第に薄れていく気がした。何だろう、この朝倉は……正体も思惑も分からなかったが、明確な敵意や悪意、殺意を持ってここに居るわけではない、と思う。まあ、単なる勘みたいなものなんだが。
「気分が悪いならわたし達は退室した方が良いかしら」
「ううん、そんなに悪く無いの。ええっと……」
 朝倉がちらちらと俺と佐々木の方を交互に窺っている。何だその仕草は、と思ったが、朝倉の言いたいことを読み取るのはそんなに難しいことじゃ無かった。真意はさっぱりだが目先のことくらいはどうにかなる。朝倉がどういう存在なのかという疑問は有るが朝倉は俺を知っているみたいだし、従来の朝倉がそうであったように佐々木とは無関係な存在でもある。つまり朝倉は、俺と二人きりになりたいのだろう。
「……なあ、佐々木、ちょっとこいつと二人だけにしてもらえるか?」
 嫌な予感は有る。警戒を完全に解くこともできない。だが朝倉を信用するにしろしないにしろ佐々木には退場願った方がいいだろう。あまり面倒なことに巻き込みたくないんだ。
「ああ、構わないよ。それじゃあ僕は自分の部屋に戻っているよ」
 話が盛り上がりすぎて面会時間を超過しないよう気を付けた方がいいよ、と付け加えて、佐々木は部屋の外へ出ていった。
 ……さて、これで朝倉と二人きりだ。
 やっと、と言った方がいいんだろうか。本当は完全に一対一になるのはどうかという気もしたのだが、長門という応援が呼べない状況じゃ仕方無いだろう。さっきも触れたが佐々木は巻き込みたくないし、朝比奈さんや古泉が頼りになるとも思えない。未来人と超能力者相手に事情を明かして情報収集くらいしてくるべきだったか? と思ったが、向こうからのアプローチが無かった以上どちらもこの件についてはノータッチだったと考えた方が良いだろう。
「あの……」
 朝倉は俺の顔をさっと見上げ、それから、視線も合わさぬうちに頭を下げた。
 ……意味が分からん。
 一昨日朝倉の顔を見てからというもの俺の頭の中は朝倉絡みの疑問だらけとなりつつ有るのだが、ここに来てその速度が更にエスカレートしている。委員長か暴走する宇宙人か。俺の中にある朝倉のイメージはその二つだけだ。だがこの朝倉はそのどちらとも違う。一見すると委員長キャラだったときと似ているのだが、細かい仕草や話し方は大分異なっている。そもそも、あの朝倉だったら、俺に目配せするなんてことはせず自らの口で佐々木に退室を促したことだろう。遠慮して言葉に詰まるなんてのは、俺の知っている朝倉涼子の姿じゃない。
「なあ、朝倉。お前は本当に『朝倉涼子』なんだよな?」
「え……、なに、何言っているの? あたしはあたしだよ。キョンくん、あたしのそっくりさんか同姓同名の人に心当たりでもあるの?」
 当惑する朝倉はどうやら本気で俺の言ったことの意味が理解出来ないらしい。日々ハルヒに振り回されているとオカルト話のような分野に足を踏み入れることも有るのだが、そういう話を谷口や国木田に振ってしまった時の反応に少し似ているかもしれない。
「お前は去年俺のクラスに居た朝倉涼子で、委員長で、五月に突然カナダに転校した……その、朝倉涼子本人なんだな?」
「うん、そうだけど……キョンくん、一体どうしたの?」
 俺はどうもしない、正常だ。世間様で言うところの常識の通じない世界に巻き込まれ始めてから早一年以上の時間が経過しているわけだが、俺自身はまだまだ普通の人間のつもりなんだ。まだも何も出来るなら一生ただの人で居させてほしいのだが、先のことは分からん。もしかしたら、世界を救うためにヒーローになってください、なんて風に言われる日が来るのかも知れないがそれは少なくとも今じゃない。
 今俺が直面しているのは一年以上前に消えたはずの宇宙人属性持ちのクラスメイトとどういったことを話すべきかってことであって、それ以上でもそれ以下でもないんだ。
「ねえ、キョンくん……、キョンくん、あたしのこと……」
 そこから先が聞き取れなかったのは俺の耳が悪いからでも朝倉の言葉が小さすぎたからもでもなく、そもそも朝倉が何も言わなかったからだ。おまえのことが何だって言うんだ。言いたいことは山積みも良いところで、出来るならさっさと解決してしまいたいのだが、この状況じゃ言いたい言葉も言えない。何というか、その……非常に、話し辛いのだ。
「あの……場所、変えても良いかな?」
「場所?」
「うん、ちょっと中庭に出たいなと思ったんだけど、ダメかな?」
「……いや、別にかまわないが」
 どこで話そうと大差ない気もするのだが、中庭がダメだという理由が有るわけでもない。移動することで朝倉の方から口を割ってくれるというのなら、それに合わせてみても良いだろう。ここに来るまでに散々驚いたんだ、これ以上何が有っても驚かないさ。


 朝倉に連れられて辿り着いた中庭は、幾つかの病連に囲まれた静かな場所だった。ま、病院の中だから静かなのは当然だよな。以前入院したときも一昨日佐々木の見舞いに来た時も来なかった場所なので何だか新鮮な感じがするのだが、今はそんなことを味わっていられるような状況じゃなかった。
 長閑さを思わせる秋の午後、しかし俺の心は大荒れどころではなく既に漂う海さえも無くしそうなところへ来てしまっている。なんでこんな状況になっているんだろうか。
 ここは中庭だ。教室よりは安全――なのかどうかは、俺には分からん。長門に聞けば分かったのかも知れないが生憎長門は今日も学校に来ていなかった。里帰りって、一体どこに帰っているんだよ。
「ねえ、キョンくん……あの日のこと、覚えている?」
「あの日?」
 一体何時のことだ。朝倉と一緒に過ごした期間は改変された世界の分を足しても二桁前半程度で、その割に俺の一生の中でもインパクト大賞が取れそうな出来事が有ったりもしたのだが、朝倉の言葉がそれを指しているとは限らない。そもそもこの朝倉は、何をどこまで覚えているのだろうか。
「えっと、あたしが転校しちゃった……じゃなくて、その前の日。放課後にあなたを呼び出した日のこと」
「……っ」
 さすがに、空気が固まったかと思ったね。朝倉の表情は相変わらず(そう、相変わらずだ)どこか不安げで落ち着かない様子では有ったが、俺の方はそれをただ眺めていられるという状態じゃなかった。
 あの日、あの時のこと。
 朝倉がそれを覚えているということ。
 それはつまり――いや、あれこれ考える必要は無いだろう。この朝倉は、俺の知っている、消えちまった朝倉涼子本人なのだ。
 何でこんな様子なのかは知らないが、朝倉の記憶が俺と一致を見せているのは間違いない。
 今の朝倉に俺を殺す気が有るかどうかは分からないし、そもそも殺す気ならばこんなまどろっこしい手段を取るとも思えないわけだが、それでも俺は完全に足を竦ませてしまった。仕方ないだろう、何せ相手は俺を二度も窮地に追い詰めた奴なんだ。ここまで来られた時点で上出来過ぎるくらいじゃないか? それとも、ここまで一人で来たのが悪かったんだろうか。朝倉に会いに来る前に本腰を入れて長門を探すとか、古泉や朝比奈さんに真面目に相談してみるとか、喜緑さんをちゃんと捕まえてみるとか。
「ごめんね、キョンくん。あんなこと言っちゃって」
 ……あんな、こと?
「あんなの、迷惑だったよね……」
 迷惑と言えば迷惑だったが、俺は朝倉に何かされた、何かされそうになった記憶は有っても、何か言われた記憶は――された、という中に言われたことも入ってるんだろうが、言っただけじゃない状況のことを思い返して今の朝倉のような表現をするのは不適切だ。なんで朝倉はこんなことを言っているんだ? もしかして、俺と朝倉の記憶は食い違っているのか?
「な、なあ朝倉……、お前は俺に何を言ったんだ?」
「えっ、キョンくん、覚え、て……無いの?」
「……悪い。そういうわけじゃないんだが、あの頃は慌ただしかったんで……覚えてないわけじゃないが、曖昧になってる部分が有るんだ。だから確認させてくれないか?」
 我ながら苦しい言い回しだと思うが、咄嗟に思いついただけマシってもんだ。朝倉は多少困惑気味の状態にあるようだからここは押し切ってしまえばどうにかなるだろう。朝倉が困惑しているなんて全くもって信じられないのだが、これが演技だろうと本気だろうとこの後に起こる出来事に差がつくとは思えない。どうせ朝倉が本気を出したら俺が勝てる見込みなんて無くなっちまう。
「あ……、うん。そう、だね。キョンくん、忙しそうだったもんね」
 朝倉の目にはそういう風に映っていたのか? ハルヒに振り回され始めた頃だったから、忙しさよりも困惑や混乱の方が大きかった気もするんだが。体力や時間の配分について本気で不安になりだしたのはもっと後のことだ。その頃には、もう朝倉は居なかった。もしも朝倉が居たらどうなっていたのか? ……さあ、どうなっていたんだろうね。
「あたし、ね、あの日……、ああ、ダメだなあ、自分で言う勇気が無いみたい」
 勇気って。
 そりゃいったいどんな種類の勇気なんだ? 放課後の教室でナイフを振り回す以上に勇気がいることって一体なんだよ。悪いが俺には想像もつかないぞ。
「言ってくれないか? そうでないと俺も困るんだが」
 話が通じない状態で放っておかれるのが一番困る。今更何が出てこようと驚く余地もない。相手は朝倉だ。俺にとってのブラックボックスの一つと言っても良い。早く教えてくれ。こんなもどかしい状態が続くのは嫌なんだ。
「あ、そうだね……ごめんね、キョンくん」
 そんな顔で謝らないでほしい。こいつは朝倉涼子なのに、思わず全然違うことを考えそうになっちまったじゃないか。くそ、これもこの状況が全て悪いんだ。
 建物の切れ間から夕陽が差し込み始めた中庭で、朝倉が俺のことを見上げている。朝倉の身長は一年前と変わってないようだが、俺の背は少しだけ伸びた。隔てていた時間の中で、消えてしまったはずの朝倉の中に『変化』と呼べるだけの何かは有ったんだろうか。
 この朝倉は俺の知っている朝倉と少し違う。朝倉が普通の人間だったなら、俺はそれを時間の流れによる性格の変化や精神的成長によるものだと受け止めたのだろう。だが朝倉は宇宙人で、何より一度消えた存在だ。その後一体どうなっていたかしらないが、長門は当然として喜緑さんや古泉と言った多少は事情を知っていそうな人間から、朝倉が再び現れたなんて話を聞いたことは無い。
「あのね、あたしは……、本当は、言うつもりなんて無かったの。でも、突然の転校なんて……、伝えられないのは、嫌だったの、だから……」
 なあ、これは一体何の話だ?
 視線を彷徨わせる朝倉とは裏腹に、俺の心の中には澱のようなものが積もっていっている。現状を理解出来ないのか理解したくないのか、そのどちらかすら分からないが、確かなのは、この状況が完全に俺の想像の外側にあるってだけのことだ。
 何かもう、鬼が出ようが異世界人が現れようが驚かないぜ。
「だから……、好きって、言ったの」
 ……。
 …………。
 ………………朝倉の言葉を理解するのに、一瞬、いや、数秒の時間を要した。別におかしな日本語を使われたわけじゃない。だから、というその言葉を含めても十音を超えるかどうかってところだ。小文字の『っ』や三点リーダをそれに含めるかどうかって問題も有るが、句読点まで全部含めたところで二十文字も超えない。おまけに小学生でも通じるような単語だけだ。この状況下で、意味が分からない、なんて言えるわけがない。
「好き、って……」
 しかし言葉が分かってもその言葉についていくことが出来なきゃ意味が無い。俺は完全に思考を停止させたまま、朝倉の言った言葉を口にしていた。俺はオウムか。
「ごめんね、迷惑だったよね……。言うだけ言って、返事も聞かないで逃げちゃうなんて。返事なんて、聞くまでも無かったと思うけど」
 頭を持ち上げる動作に伴って、朝倉の長い髪が肩の後ろへと流れていく。細い肩とか、長い髪とか、整った顔立ちとか。そういうところだけ見ていると、朝倉はただの女子高校生のようだ。病院でパジャマ、なんてのが似合うような雰囲気では無いとは思うが、似合わないわけじゃない。
 何だろうな、この……明らかに違和感が有るのに、その違和感が俺の想像したものと全く違うという、あまりにも歪な状況は。
 朝倉が俺を好き? そんなの初耳だ。なんでそんなことになっているんだ? 記憶を綺麗さっぱり無くしているとか、全くの別人だって言うのならまだしも、朝倉が俺を好きだなんて完全な想定外だ。……いや、それともこれは過去形ってことになるのか? 何せその告白とやらは(実際には無かったわけだが)一年以上前のことになる。この一年の間で朝倉がどんな日々を過ごしてきたか知らないが、普通転校して一年もすれば好きだった相手のことなんて忘れてしまうだろう。俺達はまだ若いんだ。そういうものさ。
「あ……、聞いちまって悪かったな」
 朝倉と俺の記憶が違ってしまっているという以上のことは分からなかったが、追及を重ねる必要はないだろう。何が起こったか知らないが、この朝倉涼子は俺を殺そうとした記憶を持っていない。先ほどの「お前は本人か?」という質問の意味も理解してなかった。従って、こいつは自分が宇宙人だってことを理解してないってことになる。
「ううん、良いの。……悪いのはあたしの方だから」
 別にお前は悪くない、と言ってやれたら良かったんだろうか。良いも悪いも、実際はそんなことはなくて、俺はお前に殺されかけたんだって。
「……別に、悪いことじゃないだろ。人を好きになることが悪いことだとは思わないぜ」
 愛だとか恋だとか言ったものはよく分からないし、経験も無い。夢を見ているつもりでも斜に構えているつもりでも無かったが、ただ、それが悪いものだとは思えなかった。朝倉が本当にそんなことを思っていたのかどうか、という疑問は有るのだが。
 偽物の記憶、偽物の恋。
 くそっ、こんなことを企んだのは誰だよ。
 誰、ともしかしたらそれは問いかける必要さえ無いことなのかもしれないが、俺は天に向かって叫びたいところだった。こいつの親玉がどこに居るか知らないが、宇宙的存在ってことは、少なくとも俺から見て空より上にあることは間違いないだろう。もしかしたら今回の黒幕はその敵さんの方って可能性もあるわけだが、どっちにしろ宇宙に居ることに間違いはない。
「そうかな……」
「そうだって」
 何で俺は朝倉を励ましているんだ? 意味が分からん。というかこういう状況で告白された側が励ますって何か間違っているよな。まあそれも過去形なわけだが。去年の冬の件を別にすれば一昨日より以前に朝倉に会ったのはもう一年以上前のことだ。たとえばその告白が事実だったとしても、引き摺る時期はとっくに通り過ぎた後だろう。
 それにしちゃあ、朝倉の態度が気がかりなんだが。
「だって卑怯じゃない? あたし、言ったまま逃げちゃったし……」
 それが良いか悪いかは分からんが、そういう奴もいるんじゃないか? というか、朝倉の突然の転校ってこと自体はそのままなんだな。どうやら本人に自覚が有って、転校前にその告白をしたってことになっているようだが。転校前に転校するという事実を隠して告白か……正直、その心情は分からなかった。そもそも俺は人を好きになったこともないしまともに告白されたこともないのだ。分かるわけないじゃないか。
「……卑怯も何も、一年以上前のことだろ」
 そうだ、実際に有ったにしろ無かったにしろ、過去のことは過去のこと。あれこれ言及したって仕方無いじゃないか。朝倉が気にしないなら俺も気にしない。それで何の問題が有る? この朝倉に対する疑問は山のようにあるが、質疑応答だったら本人相手じゃなくても出来る。教えてくれるような奴を捕まえられるのか、捕まえたとしてまともな回答が引き出せるのかという疑問は有ったが、そういうことを気にし始めるとキリがない。朝倉が嘗ての自分のことを覚えてないと言うのなら、朝倉のことは他の誰かに確かめれば良いんだ。
「うん……」
 朝倉がこくりと首を縦に振った。
 何だか非常にコメントし辛い状況と化してしまっている気がするが、朝倉がこれ以上この件に触れないと言うのなら俺の方から言うべきことは何もないだろう。というか、何を言ったら良いかさっぱりだ。朝倉との記憶の食い違い、どうやら恋愛的な意味で告白されたということになっているらしいと言うのは分かったが、それ以上のことは全く分かっていない。
 一体長門の里帰りはいつ終わるんだ。いや、別に喜緑さんでも古泉でも、いっそ他の誰かでも良いんだ。誰かこの状況を説明してくれないか? なんとなく元凶は分かりそうでも、そうなった理由の方が全くつかめない。
「あ、あの……」
「どうした?」
「ううん、なんでもないの……、なんでもないから、気にしないで。その……今更、返事が欲しいなんて言わないから」
 ああ、なんで。
 なんで、そんな風に笑うんだろうな。
 俺の知っている朝倉はそんな咲いて枯れる花のような笑みを浮かべる女じゃ無かった。俺が朝倉に会ったのは春と冬だけだったが、朝倉は、夏の方が似合うような女だったんだ。夏の太陽の下で、どこにも出ようとしない長門の手を取って、海にでも――というのは俺の妄想に過ぎないんだが、そういうキャラじゃ無かったのか? 例えばあの改変された世界でならそういう光景が有ったのかも知れない。
 だけどこの朝倉は改変された世界の朝倉でも無いし、元々の朝倉涼子と全く同じ記憶を有しているわけでもない。微妙に捻じ曲げられた記憶を持ってここに立っている朝倉は、朝倉は……本当に、朝倉涼子だと言ってしまって良いのだろうか。
「あ、もうそろそろ戻ろうか。面会時間終わっちゃうね」
「……ああ」
 聞いてもいない言葉の返事なんて言えるわけもないし、もしそれが本当のことだったとしても、俺の方には返す言葉なんて無いんだ。相手が朝倉だってのもあるが、そもそも、恋とか愛なんてものについていける気がしない。告白されたならとりあえず付き合っちゃえ、という発想の奴の気持ちも分からない。
 ごめんな、朝倉。
 こんな奴を好きになった記憶が有っても、辛いだけだよな。


「なあ、そういえばお前なんでこっちに戻ってきたんだ?」
 病室に戻る途中に気づいた。そういえば基本的なことを一つ確認し忘れている。告白云々のインパクトが強すぎたせいだろうか。別れる前に思い出して良かった。
「親の仕事の都合なの。やっと向こうに慣れたと思った頃だったのにね」
「そっか……入院しているのは何でだ?」
「戻ってくる時に体調を崩しちゃって……、今も治療中なんだ。あ、ちゃんと治る病気だから心配しないで」
 朝倉がどういう存在か知らないが、体調の心配をするような相手で無いことは確かだ。というか、他の懸念事項が多すぎてそれどころじゃない。こいつが病院に居ることには何らかの意味が有ると思うんだが、それよりもまずはこいつが『居る』理由を探さないと。
「治ったらどうするんだ?」
「こっちの学校に復学する予定よ。北高に戻りたいって思っているけど、手続きを終わらせる前に入院しちゃったから……編入試験は大丈夫だと思うんだけど、転校するのは少し遅れるかも」
 三日前の俺だったら、朝倉が北高に戻ってくるなんて性質の悪い冗談みたいなものだと思ったことだろう。しかし幸か不幸か今ここに居る朝倉涼子の存在は紛れもない現実ってやつだった。今のところ朝倉本人以外からは何の説明もないが、さすがに目の前にいる人間が本当に存在しているかどうかくらいは分かるぞ。自分の視覚や触覚まで疑っていたら話にならない。
「みんなに会うのが楽しみだなあ、五組のみんなはどうしてる? あ、って言ってもクラス替えが有ったんだよね」
「面子はほとんど変わってないぜ」
 今年度の初めにクラス替えが有ったわけだが、諸事情によりあまり生徒の入れ替えが無かった。そのことを説明してやると、朝倉は、そっかあ、と言った後、
「でも、あたしが五組に入れるかどうかは分からないのよね」
 と言って、小さく溜め息を吐いた。なんだこいつ、そんなに五組に執着が有ったのか? 一緒に居たのなんてほんの二月にも満たないじゃないか。
「……まあ、それもそうだな」
 古泉のように予めコースを選択しているのならばともかく、そうじゃないなら確率は八分の一だ。中学の時は各クラスの人数や男女比を考えた上で割り振られていた気がするんだが、高校はどうなんだろう。何せ俺は古泉以外に転校してきた生徒を知らないのでその辺りの事情がよく分からないのだ。あいつは特殊なケースだし、そもそも高校じゃ転校ってもの自体珍しいんじゃないだろうか。義務教育時代とは事情が違うわけだし。
「また五組に入れたらいいなあ……あ、でも、あたしと同じクラスは嫌?」
「……別に、どっちでも良いだろ」
 正直朝倉と同じクラスになりたいかと訊かれれば答えは確実にノーなのだが、かといって別に違うクラスでなきゃ嫌だというわけでもない。これは俺の高校生活においてクラスが同じかどうかということがあまり重要ではないからだろうか。ハルヒと同じクラス、おまけに前後の席になってしまったのは何の因果かと思うが、やたらと密度の濃い時間を過ごすことになってしまった長門や古泉は違うクラスだし、朝比奈さんに至っては学年さえ違う。
 朝倉の『これから』に関しては疑問だらけなわけだが、クラス分けがどう転んだところで大差など無いことは確かだろう。そんなのは、当人達がどんな関係を望むか次第だ。俺としてはあまり関わりたくないのだが……どうなるんだろうね。こればっかりはさっぱり分からん。
 何だか分からない分からないと繰り返し過ぎている気がするが、現状を把握するための材料が少なすぎるんだから仕方ないだろう。長門が早く戻ってきてくれるといいんだが。それともまずは古泉に連絡を入れるか校内で喜緑さんを探すべきだろうか?
 前を行く朝倉は無言のまま足を進めている。俺の答えに気を悪くしたんだろうか。朝倉の気持ちを推し量るというのもおかしなものだが、多少気がかりでは有る。
「なあ、」
「あ、あのね……去年のことは忘れて欲しいな」
「朝倉……」
「お願い……忘れて」
 忘れるも何も、俺はそんな記憶を持ってすらいない。
 偽物の恋を終わらせようとする朝倉の姿から作り物めいたところは感じられない。誰かに与えられた物を頼りにしているとしても、こいつにはちゃんと自分の意思ってものが有るのだろう。
 ああ、もう、なんでこんな状況になっているんだよ。
 これは誰かの仕組んだ、くだらない筋書きの一部分だ。今時の高校生は一年も前の恋愛を引きずったりしないぞ。もっとスッパリ笑って次の恋を見つけるものだろう。その方が今風で良いじゃないか。朝倉の外観なら今風のヒロイン役もいけるんじゃないか?
「……それは無理な相談だな」
 胸糞悪いと思うのは朝倉に対してじゃない、朝倉に偽の記憶を植え付けた奴に対してだ。ここで俺が忘れる、と言ってしまえばそいつらの思惑に乗ってしまうことになる。忘れてもらうための告白にどんな意味が有るか知らないが、どうせ実験みたいなものだろう。こんなかたちで人の気持ちが推し量れると思うなよ。ふざけんな!
「なあ、朝倉。……あの時の返事、今、言っても良いか?」
「え、あ、あの……」
 怒りのために頬が赤く染まってしまっている気がしたが、どうやら朝倉はそれを違う意味に解釈してくれたらしい。好都合だ。
「まだ有効なんだろう?」
 何だか非常に気障で厭味ったらしい言い方になってしまった気がする。朝倉がどう思っているか知らないが、自分でやっていてどうかと思う。絶対似合ってない。こういう役どころは古泉に任せておけばいい。ああ、そうだ、何だかあいつに相談する項目が一つ増えそうだな。
「それ、は……」
 困惑する朝倉の手を取って、身体を引き寄せる。引き寄せるだけだ、抱きよせたわけじゃないぞ。さすがにそこまでする勇気は無い。
 期待と不安に揺れる朝倉の瞳を見据え、俺は聞かされても居ない告白に対する返事を口にした。


 ――何でこんなことになってしまたんだろうか。
 家に帰った途端に襲って来たのは途方もない疲労感と疑問であり、困ったことに俺はその疲労感を減少させる方法なんて分からなかったし、生じた疑問の解決が浮かぶわけもなかった。というか、最初から予測がついていればこんな事態にはなっていなかったさ。
 わけが分からないなかで自分なりに判断して行動した結果がこれだ。
 相手は朝倉涼子で、俺を二度も殺そうとしたような奴で、長門や喜緑さんの同類であるところの所謂宇宙人で――考えれば考えるほど分からなくなっていく。だってそうだろう。朝倉に会うまでは疑問や恐怖ばかりだったんだ。それが何でこんなことに? ああもう、考えれば考えるほど分からなくなっていく。いっそ何も考えない方が良いんじゃないか? さすがに、それは無しだって思うけど。
 例えば悩ましげな朝倉がちょっと可愛らしく見えただとか、俺の返事を聞いた朝倉が花のような笑みを、って、そんなことはどうでもいい!
 朝倉個人に関する感想は後だ、後。色々やらなきゃならないことは有るがまずは情報収集だ。どうやら朝倉が自分の過去をきちんと把握していないイコール宇宙人で有ることを忘れているというところまでは分かったが、それ以上のことはさっぱりだ。
 飯を食って風呂に入りひとしきり天井を眺めた後、俺は携帯を手にとった。一番出てほしい奴は本日も捕まらず、二番目に話したい相手は連絡先さえ知らない。こうなると三番目となるわけだが、果たしてこいつに話して意味が有るのかどうか。
 迷うこと数分、俺はやっとその番号へと電話をかけた。悩むのがアホらしくなったのかも知れない。話すことで解決の糸口が掴めるとは限らないが少なくとも愚痴くらい付き合ってくれるだろう。説教されたら即座に切ってやる。
『……もしもし、古泉ですけど』
「よう」
『どうしたんですか? こんな時間に電話とは珍しいですね』
 丑三つ時とかならともかく今はまだ十時前だ。平均的な高校生ならバッチリ覚醒中の時間だぜ。古泉が平均的かどうかという疑問はさておいて、こいつの場合睡眠時間を削っている可能性は有っても余分に取っているってことは無いと思う。
「なあ、古泉……」
 さて何から話そうか。
 話したいこと、愚痴りたいことはそれこそ山のようにあるのだが、量が多すぎてそのとっかかりさえ不確かだ。先ずは時系列順に説明すべきだろうか。しかしそれはそれで面倒臭い。
「好きでも無い女となりゆきで付き合うことになったらお前はどうする?」
『………………はい?』
 ラジオだったら放送事故が起るんじゃないかと思われるほどの沈黙を保った後、古泉は間抜けな声をあげた。一応疑問形だが、そもそも俺が言ったことを理解しているかどうかさえ怪しい。間抜け、とは言ったが、そんな古泉を笑うことは出来ない。そもそも俺がした質問の方が間抜けすぎるし、もしも俺が逆の立場だったとしても似たような反応しか出来なかっただろう。
『…………そんな状況になったんですか?』
「多分」
『多分って……』
 電話越しでは有るが古泉の困惑が手に取るように伝わってくる。そりゃそうだよな。この説明で分かるわけがない。というかそもそも説明になってない。
「あー、悪い、一から説明する。なんか面倒なこととか厄介なことが起きている可能性も有るんだが、とりあえず落ち着いて聞いてくれ」
『……あ、はい。分かりました』
 ほんの少し冷静さを取り戻したらしい古泉に対して、俺は面倒臭がらずに事のあらましを全部説明することにした。朝倉の正体や現在の朝倉の状態についても包み隠さずだ。古泉と朝倉に直接の面識はないだろうが、古泉なら朝倉がどんな奴だったかくらい知っているだろう。
『……』
 これで全部だ、と告げて会話を切った直後の古泉の反応は、重っ苦しい三点リーダだった。状況を整理しているようでも有るし呆れているようでも有るし俺に対する非難の言葉を探しているようでも有る。何というか、こういう沈黙に晒されてしまうと非常に居た堪れない。別に悪いことをしているつもりは無かったんだが、親に黙って大事にしていた結婚指輪を勝手に持ち出して無くしてしまった子供みたいな気持にさせられてしまう。
『……あなたバカですか』
 ストレートな意見をありがとう。
 バカ、と言われればその通りなんだろう。一応その自覚は有るんだ。まあ気づいたのは一段落、もとい、状況が変わってからだったんだが。きっかけを作ったのは朝倉、いや、朝倉の背後に居る誰かだが、決めたのは俺だ。逆らってやりたかったという衝動以上の物が有るかどうかと問われると非常に疑わしいのだが、心情的なものがどうであろうと一度決めたことの責任は果たすべきだろう。責任、という単語を用いるのが正しいかどうかさえ疑わしい状況だけどさ。
『今のところ他の誰にも相談などはなさっていないんですね?』
「長門に連絡がつかなかったからな」
 当人は登校しておらず携帯で連絡も取れない。自宅には行ってないが恐らく空だろう。長門が居れば俺だって最初から長門に頼っていたさ。それが出来ないからこうなったんじゃないか。
『朝倉涼子は……自身がTFEI、いえ、インターフェースだという認識が無いのですね』
「どうやらそうらしい」
 あの後病室に戻るまでの間の話の端々にそれらしいことをちょっと混ぜてみたりしたが、それを聞いた朝倉はきょとんとするだけだった。演技かとも思ったが、朝倉が俺を相手に演じる理由がない。おまけに向こうは記憶や情報を操作出来るような奴がバックについているんだ。俺を本当に騙したければ、下手な演技よりももっと直接的な手段を取るだろう。しかし、敵を騙すにはまず味方からとはよく言ったものだ。俺が『敵』なのかどうかは分からないが、朝倉は間違いなく『味方』によって騙されてしまっている。
『あなたは彼女を普通の人間と同じように扱った方がいいと思っているんですか?』
「ああ、そうだ。お前はどう思う?」
『……そうですね。情報が少なすぎるので何とも言えませんがその方が無難だとは思います。あなたの前に現れた朝倉涼子が以前存在していた朝倉涼子と全くの別人ということは無いでしょうが、彼女に疑われることであなたやその周囲に不利益が発生する可能性が有ることは否めませんからね』
 古泉の言い方は回りくどかったが意見としては俺とほぼ同じだった。つまり、面倒なことを増やさないよう無難なところを選ぼう、というだけの話である。
 正直なところ長門という万能とも最強とも呼べる味方が居ない状況で俺が、いや、俺達が選べる選択肢などその程度なのだ。下手なことをしてリスクを増やすのは推奨できない。
『ですが……、本気ですか?』
「仕方ないだろ。そう答えちまったんだから」
『……』
 無言で責めるのはやめてくれ。そりゃあ確かに俺は軽率だったかもしれない。だが、あそこで朝倉を突き放したらどうせ上に居る誰かさんの思うツボだったんだ。そんなの嫌じゃないか。……矛盾していると言うなかれ。俺は切羽詰まった状況で計算して行動出来るほどお利口な人間じゃないんだよ。
『まあ、良いでしょう。……それで、最初の質問に戻るわけですね』
「……そうだ」
 溜め息を吐くのはいい。だが、出来れば見捨てないでくれないか? この状況で古泉に見捨てられると俺は困る、本当に困る。
『僕が回答出来るような経験をお持ちだと言いたいんですか?』
「……」
『まあ、良いでしょう。彼女は何時退院出来そうなんですか?』
「まだ分からないらしい。そんなに長引くものじゃなさそうなんだが……、まあ、外出許可が出たら一緒に外に出てみるつもりだが、それまでは病院に出向くことになりそうだ」
『平日に? 病院の面会時間に合わせるとしたら団活動の時間を削ることになりますよ?』
「分かってる。けど、毎日じゃないなら大丈夫だろ」
『……』
 これで何度目の沈黙だろうか。かつて俺がこれほど古泉を黙らせたことが有っただろうか。あ、いや、有ったな。ゲームをやっていて追い詰めた挙句無言状態になってしまったことなら何度か有る。そういうときは中々気分が良かったものだが今は完全に真逆だ。追い詰められているのは間違いなく俺の方だ。かといって古泉が優位に立っているというわけでも無いと思うのだが。
「何か文句有るのか?」
『いいえ、あなたのしたい通りにすれば良いと思いますよ。どうせ僕にあなたを止めることなど出来ませんからね』
 本気で身体張って止めに来られたら先ず俺の方が負けると思うんだが、どうやらそういうつもりは無いらしい。渋々ながらではあったが、一応協力はしますよ、と言った古泉は、その後幾つかの質問に答えてくれた。
 ……ありがとよ。


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